「抜き方」は意外に難しい

100%キメキメは疲れる

よく「一分の隙もない」と言いますね。

服も髪型もキリリと決めて、
態度も会話もクールそのもの。
すなわち、ケチの付けようのない人。

一分の隙もない男です。

僕はそれとは正反対で、突っ込みどころが満載だし、
よく失敗をするし、ぐでぐででしようがありません。

しかし、スキンヘッドにしていると、
少しのアラも見過ごせない場合もあります。

剃り残しがないか、眉毛は伸びすぎてないか、
ヒゲの長さはちょうどいいか、
爪垢が溜まっていないか、
鼻毛が飛び出していないか……

そんなチェックをついついしてしまうんです。
まるで一分の隙もない、を目指しているみたいに。

服も、たとえばスーツ着るような場面では、
完璧な着こなしを自分自身に求めてしまいます。
(ま、完璧、と思っているのは自分だけかもしれませんが)

ネクタイを緩めることも、シャツの第一ボタンを外すことも、
自分としては許せなくなってきます。

ということで、このキメキメには時々、
疲れてしまうことがありますね。

どこかで「抜いた」身だしなみはできないだろうか。
100%キメキメを80%キメ、くらいに減らせないだろうか。
そんなことを思いました。

うっすら伸びた髪と無精ヒゲ

一分の隙もない男を目指してしまうのは、
もしかすると、スキンヘッドという髪型が、
すべての原因なのかもしれません。

頭髪がゼロだと、他の部位に気を向けることが多くなる。
他が乱れているのを放っておけなくなる。

ならば、スキンヘッドをしばらく止めてみようか。

実に簡単な結論に達しました。

以前やっていたように、1mm程度を残して髪を刈る。
バリカンのアタッチメントを外して刈ると、
だいたいその程度の長さになります。

ヒゲもそれと同じ長さに刈り込みます。

2日ほどすれば、何となく全体が「ぼわっ」としてきます。
髪とヒゲが少し伸びるからですね。

ツルッとした頭よりも、ぼわっとしていた方が、
どことなく「抜けてる」感が出てきませんか。

周囲に与えるイメージも、ほんわかしてくる気がします。

スーツの時も、ネクタイを緩めてボタンを外しても、
なんだか許してもらえるような感覚。
自分自身の許容範囲が広がる、ということですね。

自分で自分を律さない。
多少の崩れは大目に見る。

思えば昔、「プレッピー」というスタイルがありました。
ビシッと決めたアイビールックを、バンカラ風に崩したものです。
(日本独特の解釈かもしれませんけどね)

シャツの裾を出したり、素足で靴を履いたり、
スウェットシャツを裏返したり。

あの辺の「崩し」「抜け」は、見ている方にとっても
ちょうどいいオシャレ感を与えられます。

頑張らなくていい、少しくらい汚れてたっていい、
隙があっていい。

スキンヘッドにしていても、何か方法はあるかもしれません。
ただ僕は今のところ、少し伸びた頭とヒゲ、という方法で、
気疲れ感をマイルドにしてみようと思っています。

あ、でも鼻毛が伸びたり耳の後ろに垢が溜まってたり、
爪が真っ黒だったり、なんてのは論外ですからね。

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