実は、アデランスの広告を作っていた

ハゲスキンの社長に拾われた頃

80年代が始まった頃、僕は社会人になりました。
とある広告制作会社にもぐり込み、コピーライターの名刺を持ったのです。
この世界、名刺に勝手に「コピーライター」と刷ってニヤリと笑えばコピーライター、という有名な言葉がありました。
仲畑貴志さんという、大コピーライターがどこかでおっしゃっていた言葉です。

さて、ブーム渦中のカタカナ職業となった僕は鼻息も荒く、「仕事のできる場」を探していました。
最初の会社には飽きたらなかったのです。
ま、いろいろありまして。

次に見つけた会社は小規模なものの、「東京コピーライターズクラブ」の会員が社長を務めるところでした。
まだ1年弱のキャリアしかない生意気な若造は、面接であることないこと吹きまくり、
そこの会社に入れてもらうこととなりました。
後で振り返ってみると「拾われたかな」という気もします。

その社長、当時50代だったと思いますが、見事なスキンヘッド。
ハゲたから剃っちゃったんだ、と豪快に笑っていました。

あるとき、「お前、まだ実感ないだろうけどアデランスのコピー書け」と言われたのです。
テレビCMは大手代理店がやっていましたから、新聞や雑誌などの小スペース広告がメインです。
実際、禿げてる人の心理などまったくわかりませんが、
いろいろ資料を読んだり過去の広告を調べたりして、原稿用紙に向かいました。

その会社に、営業のIさんという男性がいました。
僕より5つか6つ上でしたから、まだ20代後半。独身。
その人が、典型的な若年性脱毛症、つまりAGAだったのです。
(当時はそういう言葉はもちろんなく、単に『若ハゲ』)

禿げてる人に訊くのがいちばんいいんだけどなぁ。
でも悪いしなぁ。怒っちゃったら困るしなぁ。

ちょっと遠慮して、何も訊かずにコピーをひねくりだしていました。
当時目新しかった「グルーミング」なんて言葉を使ったりしてね。

「ミスターアデランス」になり損なった若ハゲ先輩

可もなく不可もないコピーを書いていた頃、
アデランス社で「ミスターアデランス募集」なんていうキャンペーンを始めました。
若ハゲの人々を募り、いちばんカツラの似合いそうな男性を「ミスターアデランス」に認定、
その人に合ったカツラをプレゼントして、広告キャラクターにするというものでした。

社長はI先輩に、「おい、お前これ応募してみろ。俺が口利いてやるから」と
写真をバシャバシャと撮り、アピール文を口伝てで書かせ、投函してしまいました。

その人、顔立ちは整っていて真面目な雰囲気。
もし髪がフサフサしてたら男前でもてたに違いない。
だけど、ミスターになってカツラかぶって女の人にもてたとしても、
CM見られたらハゲってことわかっちゃうんじゃない?
どうするんだろう……。

要らぬ心配をしつつ日にちが経ち、いよいよ「ミスターアデランス結果発表」!

落選してました。
「俺が口利いてやる」も、役に立たなかったようです。

先輩は何だかホッとした顔をしていました。
実はその頃、縁談が進んでいて、もしミスターになったらどうしよう、
とハラハラしていたというのです。
社長が結婚式のスピーチで何て言うか、心配だったんでしょうね。

初めて招待された結婚式。
若ハゲのままの頭でお礼のスピーチをする先輩は、ちょっと涙ぐんでいたのが印象的でした。

僕は心の中で「よ、いいぞ! ミスターハゲランス!」と喝采を送っていたのです。

 

★登場人物たち。当時の記憶をもとに似顔絵を描いてみました。

その体型通り豪快なハゲスキン

毎朝つるつるに剃り上げてきましたが、時々失敗したせいか頭に血がにじんでいることも。

若年性脱毛症いわゆるAGAで悩んでいた先輩

薄毛でスーツとネクタイ着用だと真面目感が一層際だちます。後頭部まで禿げてましたが、サイドは密度の濃い髪の毛でした。

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