ハゲからの「卒業」とは?

ハゲや薄毛からの卒業はフサフサにするだけではない

春は卒業の季節なんだけど……

桜のつぼみがふくらむ頃は、卒業のシーズン。
世の中にはいろいろな別れと旅立ちがあります。

一般的に「卒業」と言うと、
ひとつ上のステップに登ること。
成長した自分が、次の高みを目指して出発すること。

先日、こんな発毛のキャッチコピーを見ました。

「薄毛から卒業」

なるほど、薄毛だった自分と決別して、
フサフサな頭を持つ新たな自分へ旅立とう――
そんな意味合いが込められているのでしょう。

新生活のスタートを切るシーズンには
とても相応しいアプローチかもしれません。

発毛に成功して、輝きに満ちた晴れ晴れしい顔で、
新しい毎日に踏み出すことができれば、
これほどの喜びはないでしょうね。

でもね、そうなればよし。
そうならなかったら、どうしましょう。

毛髪が生えてくると言っても、一朝一夕にはフサフサになりません。
まして、ハゲの面積が後頭部にまで広がってしまったら、
そこを太く濃い毛髪で埋めるためには莫大な費用と
気の遠くなるような時間が必要です。

だいたい、そんな状態になる頃には後期高齢者ですよ、僕なら。

(いや、クリニックを受けたわけではないので、
時間も費用も想像の域を超えませんが)

禿げたあなたが「卒業」するのは、
「ハゲである」と悩む気持ちそのものです。

肉体ではなく、精神の卒業である

頭をフサフサにできないのであれば、
一生その気持ちから卒業できないのか――

もちろん、そんなことはありません。

わかりますね。
「ポジティブヘッド」です。

フサフサの髪を
アイビーカットとか横分けとかリーゼントとかモヒカンにして
さっそうと街を歩き始める快感は、ないかもしれません。

だけど、髪の毛をさっぱりと落として、
前向きな気持ちで春風に頭を晒しながら歩く。
これは、今すぐにでも可能です。

悩みの種だった薄らハゲの状態から卒業するには、
髪の毛を増やす以外の方法があることを知ってください。

思い出しましょう。卒業とは、一段高みに登ること。
髪の毛を落とし、1ランク高い次元へステップアップ。

その次元とは肉体的な状態ではなく、精神的なものです。

気持ちを上向かせ、しかもお洒落だって楽しめる。
一段高いところから見下ろす余裕の精神状態。

これを「成長」と言わずして何と呼びましょうや。

ポジティブヘッドにしたとたん、
あなたは旧い精神から卒業するのです。

しかも、卒業シーズンは春だけではありません。
365日、いつだってステップアップは可能です。

決意ひとつ。
気の持ち方ひとつ。

薄毛やハゲから、ポジティブに卒業しようではありませんか。

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2014年4月16日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:心と体の健康

真っ赤な眼鏡とポジティブヘッド

赤い眼鏡でポジティブに変身

 

変身するには手頃な季節

以前、新聞に「真っ赤な眼鏡でヘンシン!」なるコラムが載っていました。
転職を機に、真っ赤な眼鏡に換え、クライアントや周囲から
好評を博している、というものです。

(書かれている題材は広告制作会社の社員ですから、
もっとお堅い業界の方には当てはまりにくいかもしれません)

それまではごく普通の眼鏡をかけていたその人、
広告制作業界へ転職したばかりの頃、
眼鏡メーカーの担当になったそうなのです。

そのメーカーのショップに足を運んだとき、
女性用の真っ赤な眼鏡が目に飛び込んできた。
「これだ!」とその場で購入してしまった。
仕事相手に名前を覚えてもらうためにも、
何か印象に残る外観にしたかったのだそうです。

それは実に効果的で、「ああ、あの赤い眼鏡の」と
クライアントにも覚えめでたく、仕事の受注量も増えた、というお話。

ちなみに、初めて赤い眼鏡で出社したとき、
男性陣は目を白黒、女性陣は「いい!」「絶対似合う!」と
大好評だったそうです。

さあ、このお話を聞いて、思い当たることはありませんか。

そう、初めてポジティブヘッドにしたときのことでしょう。

ハゲ坊主もしくはハゲスキンで出社。
そのときの周囲の反応は、赤い眼鏡なんかの比ではありません。
少なくとも、僕はそうでした。

あっと言う間に、会社中に僕の頭のことが広まった、
と今でも思っています。

本質だって、外側から変わる

コラム子によると、
「眼鏡だけで本質的な何かが大きく変わったとは思わない。
ただ、予想以上に周りからの自分に対する印象が変わったようだ」
とあります。

「ユニークなことを考えそう」と思い込まれ、
確実に仕事がやりやすくなった、とも書いてあります。

でも僕が思うに、本質的な部分でこの人はけっこう変わったと思います。
もしくは、殻を破った、吹っ切れた。

意識下に潜んでいた自我を解き放ってしまったのですから、
今までとは違う自分になれたということです。
外観が、本質をも変えてしまった好例と言えるでしょう。

あなたにも僕にも、ポジティブヘッドという
赤い眼鏡以上の飛び道具があります。

いや、もしかすると赤い眼鏡をかけてもいいかもしれない。
ハゲ坊主&ハゲスキンには、眼鏡は強力なアイテムです。
助っ人として迎え入れてもいい。

眼鏡に限らず、髭やスーツ、バッグや靴など、
ポジティブヘッドと組み合わせると威力を発揮するものは
たくさんあるでしょう。

あなただって外観から変わることができます。
今もし不幸にしてまだ薄らハゲの状態であればなおさら。
ポジティブヘッドへの切り替え時にアイテムをひとつ
プラスしてみると、より強いインパクトを周囲に与えられます。

髪を落とすという一大決心、その後のハゲ坊主もしくはハゲスキン。
そこに加わる強力な助っ人アイテム。

「赤い眼鏡をかけたハゲ」というこの上ない強い印象が、
染料の粉末のように周囲に発散されます。
一度そのイメージに染まったら、あなたはその外観から
本質の変化への道をたどっていくことができるでしょう。

前にも言いました。
人間は第一印象で9割が決まる。

その第一印象は、本人の内なる部分まで変えてしまうのです。

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2014年4月15日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ファッション

ニットキャップな人々の謎

そのキャップの下は、頭髪か地肌か?

「ビーニー」という被りものがありますね。
頭にぴったりとした、主としてニット製のキャップです。
コットン素材のものもあり、夏でもよく見かけます。

結構前から登場していて、定着してるようです。
僕もいくつか愛用してます。

ハゲ隠しではないイスラムなニットキャップ

こちらはイスラム教の男性がよく被っているキャップ。
似たようなものをハゲ隠しに使ってる人もいます。

でも、通気性は割りといいものの、やはり蒸れるんですよね。
髪の毛のある人は、自毛がクッション代わりになって
それほどでもないのかな。よくわかりませんが。

これをずっと被り続けている人も結構多い。
「帽子」という主張をしないから、室内でも違和感がないのでしょうね。

こういったキャップが「ビーニー」と名乗って登場する前から、
似たようなものを被っている人々はいました。

………………

その昔、夕暮れ時の新宿の雑踏で、
どこかで見たことのある人とすれ違いました。
もう結構なおじさんで、飄々とした風体。
火灯し町にふらっと出かけていくといった様子。

あまり鋭敏な佇まいではないけれど、
そのまなざしは紙背を貫く。

あ、田中小実昌さんだ。
すれ違ってしばらくして思い出しました。

マスコミ登場も多いフランス文学者。
新宿の夜を語るとき、切っても切り離せない方。

そしてトレードマークは、頭に被ったニットキャップ。
それがあったから、「おっ」と思ったのです。

そしてその何年後、今度は池袋。
やはり雑踏を歩いていると、すぐそばに停まった
タクシーから降りてきた人がいました。

こちらはすぐに名前がわかって、「あ、松本零士さんだ」
と思わず独りごちてしまいました。

松本さんもマスコミ登場が多く、何と言っても「宇宙戦艦ヤマト」ですから、
田中のコミさんよりは世間一般に顔が知られていました。

でも、お顔よりもその頭に被っていた
黒っぽいニットキャップが先に眼に入ったのです。

田中コミさんもヤマトさんも、ニットキャップがトレードマーク。

僕は思いました。そのキャップの下にははたして髪の毛あるのか、
それともキャップを取るとすぐに地肌が現れるのか。

謎です。

いや、みんなは恐らくこう思っているでしょう。

「キャップの下はハゲだろう」

※これは僕の推測です。念のため。

キャップは頭の一部……なのか?

「眼鏡は顔の一部です」という眼鏡店の有名なキャッチフレーズがあります。
コマーシャルソングのメロディを思い出す人も多いでしょう。

田中コミさんや松本先生のキャップ姿は、
このフレーズを借りれば「キャップは頭の一部です」となるのでしょう。

眼鏡を外すと別人になるのと同じく、
すでにキャップ無しでは顔が成り立たなくなっている。

僕の知り合いにも何人か、ニットキャップ人がいます。
人前では絶対に脱がない人も2~3人いる。
「あのキャップの下には何があるのか……」
と周りの人々は思っているに違いないです。
(少なくとも僕は思ってます)

推論:その人は、高い確率で禿げている。

ベースボールキャップやハットなどだと、
ずっと被りっぱなしというわけには行きませんが、
さっきも言ったように「帽子感」が少ないのであまり違和感を感じない。

それをいいことに、ハゲを隠し続けていると理解しています。
(そうじゃなかったらごめんなさい、ニットキャップな人々)

でもね、これは形を変えた「カツラ」なんじゃないのかな。
お洒落アイテムのふりをして、実はハゲの事実を秘匿している。

ある意味、ヅラよりもしたたかです。

ヅラがばれたときは「ばれちゃった……」と落ち込みますが、
ニットキャップの下がハゲとわかったとしても、
「え、ファッションで被ってるだけだけど、何か?」と
開き直ることができるのです。

ヅラが漂わせている敗北感は、
ニットキャップによってファッションへと転化される。

ニットキャップを被ること自体は、ネガティブではない。
でも、それに上記のような機能を求めたときに、
あなたの心は後ろ向きになります。

室内では、帽子を取るのがジェントルマンの心得です。
未練たらしく被りっぱなしではなく、
不要になったら潔く脱ぎましょう。

キャップ、ハットの下から現れるポジティブ・ヘッドは、
何ものにも代え難いあなただけのアイコンなのです。

追記
田中コミさんはキャップ無しの写真もかなり残っています。
やっぱり後頭部までツルッとしています。
彼の場合は隠している、というわけではありませんでしたね。
申し訳ないです。

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2014年4月1日 | コメント/トラックバック(0) |

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