ポジティブ・ヘッドまでの長い道~8

職場での反応はどうだったのか

さてさて、頭を丸める、髪を落とすまでのクロニクルをダラダラと書いてきました。
やっと現在と同じ髪型にたどり着いたところです。

頭を丸めた場所は自宅のお風呂場でしたので、まだ家族の目にしか触れてない。
溜息をついた妻は、まあそんな反応を予測していたのでいいとして、
2人の息子はどうか。
こちらは、自然に受け入れてくれました。
野球少年ということは前に書きましたが、自分たちと同じ髪になったことを認めてくれたようです。
「おお、坊主じゃん」
けっこうシンプルです。

家庭内での頭さらしは済んだ。
あとは、職場だ。

翌日は月曜日。
いつものベースボールキャップをかぶり、出勤しました。
同僚にとっては見慣れた姿ですが、かぶりっぱなしというわけにはいかないので、
頃合いを見はからって、脱ぐ。
1mmにも満たない頭髪と、毛根のない広い頭蓋が、会社の一角に披露されました。
刈りたてで、まだ青々としています。

「おお」
と、男性の声が聞こえた。
「え?」
と、女性の声も聞こえた。

近寄ってきて、まじまじと見る人はあまりいませんでした。
何が前山に起こったのか。
こうやって頭を丸めるという行為は、人にとって重大なことというのはみんな認識しているようです。
漂う緊張感。

「どうしちゃったの?」
同僚男性がついに話しかけてきました。
「いやぁ、心境の変化で」
僕は努めて明るく答えました。

それがきっかけとなったのか、周囲からは「なぜ?」「いつ?」「自分でやったの?」という質問が集まり始めたのです。

英語でこういうのを、
Break the ice.
といいます。
誰かが氷を砕かなければならない。
深刻な空気を割らなければならない。
本人がしかつめらしい顔をしていたらダメなんです。
笑いながらポジティブにさらけ出さねば。

他の部署に行っても、最初は同じような反応でした。
だから頭を撫でながら、
「スースーしちゃってさ~」と触れ回る。
ま、触れ回らなくてもよかったんですが、ちょっとハイになっていたんでしょう。

その日、CM制作の打合せがありました。
来社した制作会社のプロデューサーM氏は、スキンヘッド。
僕より年下ですが、すでにかなり髪が失われていたようです。
僕の頭に目をとめると、
「頭の形がいいですね」と褒めてくれました。
目のつけどころがやはり先輩だ。
「前山さん、もしシェーバーで剃るなら、丸い刃のやつより溝になってる方がいいですよ」
なんてアドバイスもしてくれました。
剃ってスキンヘッドにすることまでは考えていませんでしたが、
「それもいいかもね〜」なんて答えた次第。
お調子者ですね。

そんなこんなで、ポジティブ・ヘッドの先輩M氏とともに、
打合せはうまく盛り上がったというわけでした。

 

ひとまず、ポジティブ・ヘッドへの道のりはここまで。

その後、M氏のアドバイスに従ってスキンヘッドにしてしまうのですが、
また稿を改めて書いてみたいと思います。

ちゃんちゃん♪

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2012年8月16日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:頭髪ヒストリー

ポジティブ・ヘッドまでの長い道~7

ついに頭を丸めた夜

さっぱりと坊主にしようと、髪の毛のような薄い決意をしたものの、実行に移せず数か月。
ある日曜の晩、息子の散髪を家で行いました。
簡単なカットは、お父さんの役目だったのです。
家計節約のため、ですね。

上の息子は少年野球をやっていたので、ほぼ坊主刈りに近い長さでした。
電気バリカンに1cmくらいのアタッチメントを付けて、ざっと刈ればOK。
手慣れたもんです。

散髪がすんで片づけているとき、アタッチメントを外すとバリカンの刃が裸で現れました。
しばし見入る。
これで刈ると、1mm以下にはなるな……。

そのとき、ひと仕事終えた開放感からビールを飲んでいました。

アルコールは恐ろしい。

ほろ酔いにもなっていない状態でしたが、やおらその刃をもみあげに当て、
スイッチを入れてしまったわけです。

そのまま上へ。

鏡を見ると、右耳から頭頂部へかけて、
芝刈り機が進んでいったような刈り跡が映っていました。
もう、後戻りはできない。
手は、止まりませんでした。

子供の丸刈りで慣れてはいたものの、自分でやるのは勝手が違う。
刃を立てすぎて「イテッ」となったり、
鏡を見ながら右へ動かすつもりが左に行ったり、
虎刈りがいたるところに出現したり、
ひと頭を刈るのに20分くらいはかかったでしょうか。

それでも、五厘よりさらに短いたぶん1厘刈りの坊主頭ができあがりました。
30年ぶりの坊主。

決意していたはずなのに、鏡で見るとなぜか悲しい。
毛根のない部分、つまり禿げている部分は、頭頂部を越えて後頭部にまで。
こんな状態だったのか。
髪の毛でどこまでカバーできていたのか。
というか、全然カバーなんてできていなかった。
合わせ鏡を使うこともなくなっていたから、把握できていなかったのです。

しかし、この頭にしたからには、もう後戻りはできない。

そのまま風呂場へ行き、頭をガシガシ洗って髪の刈りくずを流し、
頭を拭こうとタオルを当てると、タオルは頭に掛かったまま動かない。
そう、短い髪がタオルの繊維にぴしっと刺さって動きを封じていたのです。

こんな感覚も久しぶりでした。

なんだか新しい自分になったような気がして、風呂場から出て妻に、
「そういうわけで、髪型を変えたから」
と告げました。
彼女は一瞥し、今度は何も言わずに溜息をつきました。
(つづく)

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2012年8月13日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:頭髪ヒストリー

ポジティブ・ヘッドまでの長い道~6

頭を丸めるまでのカウントダウン

妻に「志村けん」と言われた頭も、周囲が慣れるにつれ「ポニーテールの人」という認識が定着しました。

しかしながら、このスタイルは「髪に悪い」とされています。
後ろにギュッと引っぱるから、毛根が常にダメージを受けている状態。
引っぱられた毛根は、いずれギブアップしてしまうということです。
でも、僕の場合はそこまで気にしませんでした。

もうどうせ抜けていってしまうんだから。
これ以上気にしたって仕方ないじゃないか。

開き直り。
でも、これはポジティブな考え方への芽生えだったかもしれません。
抜け行くものにクヨクヨ悩むより、そのときそのときの髪を楽しもう。
だから、前述したようにバイカー風のファッションをしたり、
とんがったクリエイターを装ったり、
自分を少しずつ変えていくことができたんです。

だけど、もうそろそろいいかな。
そんな気持ちになり始めたのは、ロン毛にして1年ほど経った頃。

ちょっと面倒くさくなってきたのです。
シャンプーして、リンスして、ドライヤーで乾かして。
髪の長い女性なら当然毎日やっていることなんでしょうけれど。
リンスというかコンディショナーを髪にキシキシと付けている姿は、
何だかヘアケア製品のCMを思い浮かべてしまって、滑稽でした。
女の人みた〜い。

髭面のオヤジが。

そんなメンタルなことも含め、もういいかな、と。

さて、まずはさっぱりと髪を切ってもらおう。
いきなり家のバリカンで丸坊主にしてしまうのには、まだ踏ん切りが付かなかった。
だから、いつも頭を刈ってもらっていた銀座の床屋さんに行きました。

床屋さんで「助走」を

「どうも、お久しぶり」
「おお、前山さん。どうしてました。ずっと来なかったじゃないですか」
「いやあ、この通り髪を伸ばしてましてね」
「髪を、伸ばして……。ふーん、そうだったんですか」
ご主人は怪訝そうに、僕の長い髪を眺めました。
「今日はどうしますか」
「もうバッサリやっちゃってください」
という感じで、伸ばす前、このお店に通っていた頃の長さに切ってもらいました。
「前山さん、ポニーテールになさってたって話だけど、あれよくないんですよ」
「ええ、わかってます」
「ずいぶん広がっちゃったな……」
と、ご主人は呟きました。
僕は何も言えなかった。
薄くなってきた箇所をカバーするよう一生懸命カットしてくれて、
髪にいい食べ物や避けた方がいい生活習慣の話をしてくれて、
あるときフイッと来なくなる。
久しぶりに顔を出したと思ったら、すっかり抜け毛が進行していた。

ダメな客ですね。
ご主人だって溜息をつきたくなるでしょう。

「あの、ご主人……」
「なんでしょう」
「髪をね、もっと短くしてみたいんですよ。いや、今日じゃなく、そのうちね」
「スポーツ刈りとかに? でも前髪が……」
「前髪がもうないのはわかってます。全体的に坊主くらいにしようかなって」
「……諦めちゃうんですか」
「諦めるってより、現状をですね、受け入れて、あるがままにしようと」
「うーん、止めはしませんがねぇ……」
それきり会話は弾みませんでした。

1年以上ぶりに短い頭になった僕は、会社へ帰る道すがら、半分決意していました。
髪を落とそう。頭を丸めよう。

それは自分でやってみよう。
でも、いつ?
そのタイミングがいつになるかは、自分でも決められなかった。

月に1度、以前と同じようなペースで床屋さんに通いつつ、
徐々に長さを短くしてもらいながら、逡巡していたのです。
(つづく)

 

 

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2012年8月12日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:頭髪ヒストリー

「帽子の人」になってみよう

男を上げるアイテムである

さて、ロン毛にし始めると、今まで髪で隠れてきた(あるいは隠れてると思い込んできた)広いおでこが露出します。
まだ当時はさらけ出す覚悟ができていなかったので、それはかなり気になることでした。
よし、帽子だ。
頭を隠すことができるし、ロン毛にキャップなんて、まさにハーレー乗りみたいじゃないか。

ということでベースボールキャップを愛用し始めました。
ロン毛にキャップ、ネルシャツにブーツカットのジーンズ。
足元はエンジニア・ブーツやウェスタン・ブーツ。
サングラスはレイバンのバイカー風。
日系アメリカ人労働者ってな感じです。

もう「志村けん」とは言わせねー。
もちろん、仕事中や得意先との打合せでは脱ぎますがね。

帽子をかぶるようになると、イメージは一変しました。
ちょっととんがった感が付加されたのです。
広告制作という職業柄、それはプラスに働いたのですね。

でもこのときはまだ「隠す」ことを念頭に置いてキャップをかぶり始めました。
クロニクルとしては、ハゲが進行して「もういいや」というところまでは来ていません。
それはまた稿を改めます。
帽子の効用についてのお話に絞りましょう。

すでにポジティブ・ヘッドへの決意をされている方、
あるいは実践なさっている方にとっては、隠すなんてちゃんちゃらおかしい。
お洒落アイテムの一つとして、捉えているはずです。

ベースボールキャップを勤務中にかぶることができるという職業は限られていると思います。
(そっちの方が多いでしょうね)
であるなら、ハンチングやソフト帽なんかがおすすめです。
むしろ、この方が出番が多いと思いますし、堅い職場でも違和感はないでしょう。

スーツやジャケットにハンチングやソフト帽をかぶる。
これは実にトラディショナルです。
最近でこそ、若い世代がくだけた服にソフト帽をかぶったりなんかしてますけれど、
本物の大人がキチンとした服と合わせると、もう格が違います。

ハンチングは万能選手です

ちょっとくたびれた顔をしていますが、出張の帰りを自分で撮ってみました。
お得意様と一緒だったのでネクタイをしています。
もうちょっとハンチングの全体が見えればいいですね。
自分の写真ですみません。「紳士」って感じじゃないんでもっとすみません(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔(昭和30年代)に比べて男は帽子をかぶらなくなった、と言われています。
たしかに、当時の写真を見ると着帽している男性の割合は大変多い。
紳士にとって帽子は必須アイテムでした。

その紳士を創り上げるアイテムを、私たちポジティブ・ヘッダーが取り戻すときが来ました。
積極的に帽子をかぶりましょう。
そして、室内ではエチケットに従って脱ぐ。
初めて会う人は一瞬「えっ」と思うかもしれません。
でも、服のテイストと相まれば、何の違和感も感じないでしょう。
むしろ、古き佳き時代の空気がそこに再現されることに驚きを示すかもしれません。

黒いソフト帽と黒縁眼鏡でちょいと個性を

カジュアルなスウェットパーカと合わせています。
本当はスーツに合わせるともっと「紳士」となるはず。
自分の写真ですみません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紳士の復権は、ポジティブ・ヘッドから。
薄っぺらなファッションピープルは、もう脱帽です。

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2012年8月11日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ファッション

髭なんてどうでしょう

無精髭のチクチク感

昔から、そう、学生時代から僕は髭を生やしてきました。
鼻の下に、口髭ってやつですね。
当時は童顔だったので、年上に見られたいという気持ちと、サーファーブームで口髭を生やす若いのが普通になっていたという背景がありました。
今思うと滑稽ですけどね。

卒業してから就いた職業が、比較的ファッションには自由な業界だったこともあり、
そのまま髭面でいた時期も長かったのです。
長髪のときは顔全面髭でした。ハーレーにでも乗っていそうなバイカー風というか。

頭を丸めたとき、髭をどうするか悩みました。
「髭男」というイメージが定着していたから、すっぱりと落としてしまうのももったいない。
かといって、長めの髭だと頭とのバランスが悪い。

ということで、試行錯誤の末、頭髪と同じ長さに揃えることにしました。
僕の場合、頭髪はだいたい1ミリ内外に整えていますから髭もその長さ。
これなら、バリカンのアタッチメントを換えず一気に整えることができます。
手入れも楽。

見た目は無精髭のようになります。
そう、イチローみたいな揃えっぷりのわけです。
髭だけですが。

別項で述べますが、頭から髪の毛がなくなると他人の視線を「下に下ろす」テクニックを使いたくなります。
だから、目を引くアイテムを眉から下に配置するのです。
これは、ハゲから目を逸らさせるというよりも、話し相手への配慮だと思っています。
禿げた人と話をしている人は、どこを見ていいかわからない。
相手の視線が泳ぐのが、よくわかります。
そこで、眼鏡や髭を付け加えると、視線の落ち着き所ができるので相手も安心するわけです。

メキシコ人みたいに立派な鼻下の髭もいいでしょう。
口の周りだけに生やしてみるのもいいでしょう。
僕はもみあげとあご髭が何とかつながるので、全面髭にしています。
しかも無精髭風ですから、女性とチューでもした時は「いたーい」なんて言われてしまうかもしれません。
(もちろん、想像です)

坊主と違い、髭を生やせるのは業種や職種によりさらに限られてしまうかもしれません。
でも、もしこれをお読みのあなたがリタイヤした世代だったら、
誰にはばかることなく「髭オヤジ」になってみませんか。
フリーな時間を持っているのですから、男を上げる絶好のチャンスです。

 

短い全面ヒゲでニュアンスを

キャップを被ってますが、髭はこんな感じに見えます。白髪がかなりあるので、伸ばすと白ヤギさんみたいになっちゃいます。

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2012年8月9日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ファッション

職場でのスキンヘッド

確かに、仕事によって髪型は限られる

「頭を丸める」といっても、髪の毛を何ミリか残した「坊主」と、
シェーバーなどで剃り上げた「スキンヘッド」に分かれます。

「ポジティブ・ヘッドのススメとか言ってるけど、うちの職場じゃスキンヘッドはダメなんだよ」
という声もあるでしょうね。
たしかに、その通り。

「スキンヘッド」というのは、どうしても「異形」に見えます。
官公庁や銀行など、お堅いイメージの職場では異分子とされてしまうでしょう。
上司に注意を受けるかもしれません。
勤務評定が下がってしまうかもしれません。

じゃあ、どうするか?

その職場で許される最も短い髪の長さを探るのです。
まずは、スポーツ刈りくらいの長さにしてみる。
長さで言うと、9ミリくらい。いわゆる「五分刈り」です。
これで、周囲や上司の反応を見る。
初めはかなり衝撃を与えるので、長さよりも「坊主にした」ということが話題の中心でしょう。
それが落ち着いてきたら、6ミリ(三分刈り)、3ミリ(一分刈り)と短くしてみる。
「ちょっとそれは」と言われる長さまで短くしてみましょう。
周囲の目が慣れるのに1か月ぐらいかかるとして、3~4か月で職場での適正な長さがわかるのではないでしょうか。

3ミリに定着したら、もっと短くしたければ2ミリの五厘刈り、
さらにスキンヘッドに挑戦してみてもいいでしょうね。

現代の会社では、髪を染めるよりも短髪・丸刈りの方が許容範囲が広い気がします。
もちろん、丸刈りやスキンヘッドにしてサングラスをかけたり派手目のファッションにしたりしないこと。
少なくとも、それで出社しないこと。
いや、してもいいんですが、自分がなりたいイメージとかけ離れたらNGです。

折りを見て上司に、「この頭どうです?」みたいなことをさりげなく訊いてみるのもいいでしょう。
飲み会とか、ランチとかで同席した機会に。

ま、すでにある程度の年齢の読者が多いでしょうから、ご自身が管理職という場合もあるでしょう。
もしかしたら、いままで薄毛や若ハゲで悩んでいた部下も、ポジティブな頭にしてくるかもしれませんよ。
部下に勇気を与える。
いい上司です!

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スポーツの汗はハンパない

遮るものがない滝汗の時間

僕の通勤手段はもっぱら自転車です。
ロードバイクに乗って、自宅から事務所までのおよそ17kmを走ってきます。
これ、かなりの運動量になります。
それから、ランニングもときどきやるし、山歩きも好きです。
いずれも有酸素運動なので、そのせいか健康診断ではずっと無問題が続いています。
ラーメンで摂取したカロリーは、こうやって消費しているわけですね。
体重もそれほど増えてませんし。

しかし、夏場になると困った問題が持ち上がります。
そう、汗を大量にかくこと。

自転車に乗るときはヘルメットを着用しますが、その下にバンダナも被ります。
バンダナは高機能繊維なので汗の発散が早いのが嬉しい。
しかしそれが追いつかないときは、額から眉にかけて垂れ、
サングラスの中を水蒸気で蒸らしてしまいます。

ランニングはもっと大変。
日のある時間帯に走るときは、太陽から頭を保護するため、
キャップが必需品です。
剥き出しの頭部をさらけ出して走るなど、自殺行為。
夏場は3kmも走ると大汗をかきますが、頭が蒸れて蒸れてしかたがない。
かいた汗は、つばの部分に集まり、走っている動きに合わせて水滴がポタリポタリと垂れます。
落ちる寸前に、つばの先端でユラユラしているのがうっとうしい。

山歩きのときも、ハットの中は蒸れまくり。
ときどき脱いでタオルや日本手ぬぐい(これ、好きなんです)で汗を拭きますが、
ハットを被るのが面倒で、そのまま頭に巻いたりもしてしまいます。

髪の毛っていうのはラジエーターの働きをしているんですね。
そこから水分を蒸散させているというか。
あと、流れ落ちる汗を留める働きも。
山の木を伐りすぎると鉄砲水が起きますよね。
髪がないということは、それと同じ。
保水ダムがないのですから、汗は一気に流れ落ちてきます。
遮るもの、なし。
これは大変ですよ。

自転車はまあ何とかガマンできるとしても、ランニングや山歩きでの頭部保護は考えなければなりません。
タオル地の鉢巻きやサンバイザーだと、頭が露出します。
汗や太陽光線を遮断できても、日光が危険。

つばが長く、上部が風通しよくしかもUVカット機能も完璧なキャップというのはないでしょうか。

あれば、僕たちポジティブ・ヘッダー(勝手に名付けた)はこぞって買うでしょうね。

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2012年8月8日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:スポーツ

ポジティブ・ヘッドまでの長い道~その5

最後の髪道楽

リアップやロゲインに頼り始めて1年過ぎました。
いつしか2000年代に突入。

合わせ鏡に映る僕の頭頂部には、変化がありませんでした。
効く人には効くはずです。
実際、「生えてきた」という声はよく耳にしましたから。
しかし、僕には効果がなかったように思えました。

うーんどうするか。
安くはないものを継続して使い続けていても、お金が消えていくだけ。
髪の毛も消えていくだけ。

このまま無くなっていくのなら、最後に一花咲かせようじゃないか。

自分がやりたかった髪型を楽しむことにしました。

リーゼント。
キャロルがデビューしたとき、音楽とともに衝撃を受けたポマードギタギタの髪型。
(あ、キャロルって、このブログを呼んでいただきたい年代の方ならご存じですよね)
しかし、クライアントの偉い人にも会うことのある会社員ですから、あまり不良っぽい髪型は……ということで諦め。

茶髪か金髪。
これもやりたかったんですが、やはり立場上まずいかなと。
コンサバなクライアントさんも多かったので。

長髪。
60~70年代、「長髪は不良だ」という図式がありました。
反体制の図式ってやつがまだ健在だった頃で、
全学連やグループサウンズやヒッピーやフーテンなどといったお兄さんたちが
長髪を振り乱して何か叫んでいたのを憶えています。
いっときは廃れたものの、90年代頃からまたオシャレの一環として復権してきていました。
僕の業種(広告制作業)にも長髪の人、ポニーテールの人がぼちぼち見られるように。
クリエイターは、長髪。
そんな空気を読みました。

よし、伸ばす。

オヤヂギョーカイ人いっちょあがり

そういえば、髪がたくさんあった若い頃は長髪にしようと思わなかったんです。
学生時代は運動部だったし、社会に出た80年代はプレッピーなんかが流行っていて、みんな短髪だった。
サーファーは長髪だったけれど、そこまで思い切れなかったし。

最後の髪道楽は、長髪にしよう。
妻にそう宣言すると、何も言わずに溜息をついた、ような気がします。

長髪って楽ですね、伸びるまでは。
ただ、中途半端な長さだと首筋がくすぐったかったり、目に髪先が入ったりします。
まあ、じっとガマン。
不潔にならぬよう、シャンプーはしっかりしていました。

リアップやロゲインは、いつしか使わなくなってしまいました。
延命治療より、ターミナル・ケア。
不謹慎だけれど、そんなことも思っていました。

髪が伸びてくるにつれ、以前の硬くて太かった髪ではなく、細くてシナシナとしたものになっていることがわかります。
これはいかん。
ここまで来ているのか。

そして、後ろで結わえるくらいまでの長さになり、妻からゴム紐を借りて留めてみました。

リトル・ポニーテール。
前髪はまだサイドに垂れるくらいの長さ。
今で言うと、チャン・グンソクくんみたいな感じ。
笑っちゃいますけどね。

そして時は来た。
ちゃんと前髪も後ろで束ねられるように伸び、「尻尾」も完成。

頭頂部から後頭部の薄くなっている部分は完全には覆い隠せませんが、
「頭は薄いけどポニーテールで決めているオヤヂギョーカイ人」となった僕は、
妻に「どうだ」とばかりに見せてみました。

彼女はつぶやきました。
「あ、志村けん」

(つづく)

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ポジティブ・ヘッドまでの長い道~その4

「アブラ断ち」は無理だった

床屋さんの思いやりから自分が知ることとなった、薄毛。
「ナポレオン型」の予言もあり、いつかは来るだろうと思っていましたが、まさか頭頂部がこんなに早く進行し始めるとは予想外でした。

どうしよう。
街中や電車の中で、つい同じ年代の男性の頭に目が行くようになりました。
薄くなってる人、かなり禿げてる人、結構います。
何かみんな、同志に見えてきました。

僕のように前から持ってきた髪でつむじあたりをカバーしている人。
横分けにした髪で隠している人(もうちょっと進行するとバーコード)。
そのままにして、薄い部分を露出させている人。

しかし、何とか食い止めなければ。

シャンプーを自然素材のものや髪にいいとされているものに換え、
いつも頭皮を清潔に保つようになりました。
花王から「サクセス」という男性スキンケアシリーズが登場。
その育毛トニックがジェットのように噴射するので気持ちよく、
愛用していました。

しかし、ストレスの原因となっていた多忙な仕事は変わりませんし、
頭皮マッサージがいいとわかっていても、つい面倒になってしまいます。

何より、極力摂らない方がいいと言われている油分は、しっかり毎日摂取していました。
なぜかというと、ラーメンの食べ歩きにはまっていたからです。
「ラーメンをやめるくらいなら、禿げた方がマシだ。いやマシマシだ」
周囲にこううそぶいていたのです。

きっと、もう周りの人たちも頭頂部のことは気付いていたのでしょうね。
うっすらと同情を浮かべた微笑しか返ってきませんでしたから。

「ミノキシジル」が頼りとなった

さて、そうこうするうちに40代となった世紀末、画期的な発毛剤が登場しました。
1999年、大正製薬から発売された「リアップ」です。
当初は血管拡張剤として開発された「ミノキシジル」を含み、発毛効果があるとされた最初の薬品です。
アメリカではこれを5%含んだ「ロゲイン」が先に発売されていましたが、
日本では1%までしか認可されなかったので、
「リアップ」はやや効果が薄いのかなとも思いました。

しかしこれが大ヒット!
いかに薄毛に悩んでいる男性が多かったか。
店頭では品薄状態が続き、「リアップ現象」などと呼ばれました。

僕もいろいろと手を尽くしましたが手に入らず。
ある時大井町でラーメンを食べた帰りに薬屋さんの店頭に「リアップ入荷」の貼り紙があるのを見て、速攻買いましたよ。

ラーメン食べた直後っていうのが何とも泥縄ですが。

薬効が証明されているのだから絶対効くはずだ。
そう信じて、毎日せっせと使いました。
「前頭部にはあまり効果がない」とも言われていましたが、
俺の問題は後頭部である、と一点集中的に付けていたのです。
二兎を追うハゲは一兎をも得ず。

アメリカへ出張に行った友人から本家5%の「ロゲイン」をお土産にもらい、
よし、これで5倍効くだろうと朝晩2回のお勤めは欠かしません。

すっかり得意になった合わせ鏡で、頭頂部から後頭部のチェックを怠らない毎日でした。

さて、果たして効果はあったでしょうか……と書いても、今の僕を見れば結果は明らかでしょうが。

(つづく)

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ポジティブ・ヘッドまでの長い道~その3

空き地が飛び地した

抜け毛、若ハゲの原因は、一般的にストレス・食生活・遺伝と言われています。
男性ホルモンが抜け毛に作用するなんてことも聞きました
DHT(ジヒドロテストステロン)という耳慣れない物質がその原因であると、AGAのサイトに出ていました。
そのへんについてはまた稿を改めて説明していきたいと思います。

さて、父親がヅラであることを知ってしまい、遠からず自分に訪れるであろうハゲの日々を憂鬱に思う時代が続きました。

歳は30代にさしかかった頃。
男にとってこの年代、会社ではそろそろ「中堅」と呼ばれ始めます。
ある程度のボリュームの案件を任されたり、後輩や部下ができて責任も増す頃。

僕は、部下はいなかったものの仕事量がドンと増えました。
バブルはもう弾けていたけれど、まだまだ世の中にゆとりがありました。
「これ頼むよ」「あさってまでね」なんて具合に、あれこれ頼まれ毎日遅くまで残業する毎日でした。

いくらお気楽な性格でも、仕事がうまく行かなかったり、トラブルが発生したりして、ストレスは当然のしかかってきます。

私生活でちょっと大変なこともあり、そんな積み重ねが髪によくなかったんでしょうね。
「空き地」ができたと前に書きましたが、その面積が30代半ばにさしかかると急速に増えていきました。

そして、ある日。
何げなく洗面所で「合わせ鏡」をして頭頂部を見たら……。

つむじの周囲に、地肌が見えていました。

何かの見間違いかも。光線の加減かも。
そう信じたくて、というか、もう一度確認するのが怖くて、
手鏡を伏せて会社に出かけたのです。

床屋さんの思いやり

30代の当時髪を切ってもらっていたのは勤務先に近い、銀座にある古い床屋さんでした。
大正生まれのご主人(もう今はやってないでしょう)から
昔の銀座や東京の話を聞くのがとても楽しみでした。

「合わせ鏡事件」があってから初めて髪を切りに行ったとき、思いきって訊いてみました。
「頭の上の方、薄くなってませんか」
ご主人はハサミをしばし止め、「いや、そうでもないですよ」と答えました。
あれ、やっぱり見間違いだったんだ。
「そうですか、ああよかった。ちょっとそんな気がしたんで」
しかし胸をなで下ろす僕にご主人は、
「前山さんの歳だったら、このくらいの人はたくさんいますから」
と気になることを言ったのです。

「このくらい」って?

ご主人は頭の上の方を指し、
「つむじの周りがね、年相応になってきたってことですよ」

愕然としました。

言葉を失っている僕にご主人は、
「前からね、ここをカバーするように切ってたんですよ。後ろに流せばまだまだわかんないから」
と、ここ最近の技術的な解説をしてくれました。

そんなことは、ちっとも知らなかった。

長くもなく短くもない長さで、センターから何となく分け、後ろに流すようにセットしてもらっていました。
髪はまだ太くて硬かったからムースなんかを付けて、ややしっかりと固める感じ。
僕が注文を付けたわけではなく、ご主人が「こうしましょう」と言ってやってもらっていたのでした。

「こうしましょう」には、「こうすれば薄毛が目立たない」という思いやりが含まれていたのですね。

後で振り返ればとてもありがたいことなのですが、ショックを受けていた僕は、
何を答えてどうやって帰社したのか、まったく憶えていません。

「とうとう来た」というそのことだけが、頭の中を駆け回っていました。
(つづく)

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